第30作 花も嵐も寅次郎

今回は、「男はつらいよ」第30作・花も嵐も寅次郎の作品のロケ地を旅した。

ツーリングにはちょうどいい季節になってきた。なかなか時間が取れずもやもやした気持ちで過ごしてきたところ、連休の最終日でやっとこの取材が実行できた。前日、5か月ぶりに鉄馬のエンジンをかけてみたが、一発の始動でなんら問題なし。天気もまあまあで申し分なしの秋の豊後路の旅となった。

取材日は、2011年10月10日である。

この第30作のストーリーの初めの部分を簡単に解説すると、
とらやには帝釈天の御前様からいただいた松茸をめぐり、夕食の献立の話に花が咲いていた。ちょうどその時、とらやの前の店の娘・桃子(浅丘雪路)が里帰りしていたところに、寅さんが帰ってきた。二人は手を取り合って再開を喜び、“おまえ、しばらく見ないうちに随分色っぽくなったじゃないか”などと言いながら店先でじゃれ合う。それをおいちゃん、おばちゃん、タコ、さくらたちみんなが見ていた・・・。
帰っていきなりの行為にみんな機嫌が悪い。夕食時にそれが爆発し、とうとうおいちゃんが“出ていけ”と言ってしまう。いつものように寅さんはまた旅に出る羽目になる。

今回の旅は九州の大分が舞台となる・・・。
映画では、寅さんが田舎道のバス停の椅子に座っているところに、テキヤ仲間のポンシュウ(関敬六)の車が通りかかり、一緒に向かったところが臼杵市の福良天満宮。

臼杵1
臼杵市の市街地の中にある福良天満宮。県道33号線沿いにあるのだが、ご覧のとおり間口が狭く、うっかりすると通り過ぎてしまう。

臼杵2

映画では、最初にこのアングルで「臼杵 福良天神」とスーパーが出る。秋祭りで地元の人たちが大勢行き来する。

臼杵 福良天神

そして、この境内でなにやら天狗と獅子が戦う様子の舞が奉納される様子が映る。
臼杵 境内

寅さんは、このアングルの奥で鏡や絵のバイをする。いつものように気っ風のいい口上が境内に冴えわたる。
“さあ、ねえ、赤い赤いは何見て渡る、赤いもの見て迷わぬものは、木仏、金仏、石仏、千里旅する汽車でさえ、赤いもの見てちょいと停まるというやつだ。さあ、続いた数字がふたっつだ、ふたっつ。はい、日光結構東照宮、憎まれ小僧が世にはばかる、ね、日揮の弾正はお芝居の上の憎まれ役てなどう?・・・”

臼杵5

ちょうど寅さんがバイをしていた場所に、今ではこのようなモニュメントができている。

さて、舞台は湯平温泉に移る。

湯平温泉1

先ずは、このアングルで三郎青年(沢田研二)の乗った白のブルーバードが中央の橋の上に着く。

湯平温泉2

次に、ちょうどこのアングルの左のポストのところに、螢子(田中裕子)とその友達ゆかり(児島美ゆき)が二人で旅でこの湯平を訪れている。

湯平温泉3

アングルを変えると、このポスト(当時は四角いポストだったが、今のほうがむしろレトロっぽいポストになっていた)の手前に、螢子とゆかりがいて、道の右の方から三郎が下りてくる。
“すみません。湯平荘はまだ少し先ですか”
“もうちょっと下りて左側です”
その様子を見ていたゆかりは、
“決めた!湯平荘にしよう!”

そう、この30作は、三郎青年と螢子のラブストリーなのである。ご承知の方も多いと思うが、沢田研二と田中裕子の結婚のきっかけになった映画とも言われているのだ。

湯平温泉4

映画で舞台となった湯平荘は、実はここ白雲荘である(ただ、今は建て替えられておりまったく当時の面影は残していない)。

この湯平荘は寅さんの常宿。寅さんが泊まりにやってくる。同じく、三郎と螢子たちもやってくる。
三郎は母の遺骨を持って、母の故郷に納骨のため帰ってきたのだ。その母親はかつてこの湯平荘の女中(おふみさんといっていた)をしていたという。そこで、おふみさんの葬式をしようということになり、当時の知人が集まった。
余談であるが、この湯平荘の主人役の内田朝雄さんとお寺の坊主役の殿山泰司さんは迫力満点の顔。昔、時代劇に良く出ていた悪代官や越後屋などに登場していたのを思い出した。

読経が終わり、焼香の時間がやってきた。
“寅さんからどうぞ”
“そうですか、それではごいっとさん、どなたもまっぴらごめんなすって”
といいながら、香典をさっと内ポットから出し、仏前に進みリンを鳴らす・・・。と、ここまではカッコ良かったのだが、焼香の際に焼けた線香の方をつまんだものだから、火の粉があたり一面に飛び散り、それが坊主の背中に入ってしまい、葬儀の場は大騒ぎとなった・・・。

湯平温泉5

映画とは関係ないが、せっかく湯平温泉に来たので、温泉に入ることにした。ここ湯平温泉地区には5つの共同浴場がある。今回はその中でこの銀の湯温泉に入った。熱くなく、ぬるくなく、無色透明でさっぱりした湯であった。ちなみに入湯料は200円であった。安!

湯平温泉6

寅さんたちは翌朝湯平温泉を離れ、湯平駅に向かう。
湯平駅は国道210号線沿いにある。「湯平駅上」のバス停から階段を下りればすぐに駅に着く。
ゆのひら駅

寅さん、螢子、ゆかりの3人は、ベンチに座りながら東京での仕事の話や彼氏のことなどで寅さんが場を和ませる。
ゆのひら駅2

ホームには、このように「寅さん思い出の待合所」なる建物があり、中にはロケの時のたくさんの写真が貼っていた。
湯平温泉9

そこで目に留まったのが、この田中裕子が座っている写真。背もたれの部分をご覧いただきたい! 2枚前の写真にも「住友生命」としっかり同じ書体で書かれている。現在ではその左に「縁結びのベン」などと書かれているが、見た目こちらの文字は新しく、後に書かれたものに違いない。

ということは、このベンチは当時のもの!? 1982年のロケなので、まさしく約30年経っているだけの古さを十分に感じる。
私も、寅さんと田中裕子が座ったこのベンチに座り、しばし30年前を偲んだ。

杵築志保屋の坂

次のロケ地は、杵築に移る。
場所は、杵築市役所に面した通り(街並みが整備されていてとても美しい通り)の一角で、ここは「志保屋の坂」(塩屋の坂ともいわれるらしい)といわれるところである。

杵築武家屋敷

坂の上から見るとこうなる。寅さん、螢子、ゆかりの3人は、湯平温泉を出てここ杵築の武家屋敷を散策する。
ちょうどこのアングルで、右の一段高い石畳に螢子が立ち看板を見ていた(今はこの看板はない)。そこへ三郎の乗った車(ブルーバード)が手前のほうからひょっこり現れるのである。
4人はこの後、サファリパークなどを見に行くことになる。

別府観光港

今回の大分のロケの最後の場所が、この別府観光港である。
このあたりであったかどうか定かではないが、寅さんと三郎は、大分空港に連絡するホーバークラフト型の船に乗る螢子たち二人をこの港で見送る。
この後、舞台は東京に移り、寅さんは三郎と螢子との間を取り持つことになる・・・。

今回の「男はつらいよ」のロケ地取材を終えて一言。
本当は1泊2日で臨む予定であったが、どうしても1日しか日程が確保できず随分タイトであった。走行距離も400キロを超え、中年ライダーにとっては肉体的にも大きなダメージがあった(反省)。
男はつらいよのロケ地取材も、近場はほとんど制覇してきているので、残ったところはおのずと遠距離のものが多くなる。今後は無理をせずに、なるべく時間をかけて臨むことにしたい。なんといっても時間の確保が最大の課題となるようだ。詰まる所、仕事を効率的に行い、時間の余裕を作ることしかないようだ。
次は、愛媛の大洲(第19作)か、島根の温泉津(第13作)あたりに行きたいものである・・・。