28作 寅次郎紙風船

いよいよ“鉄馬がゆく~寅さんを訪ねて~”の始まりである。当面は、過去の取材内容を纏めたものとなる。先ずは、第 28 作寅次郎紙風船の舞台をご披露したい。
この 28 作の取材の旅は、2008 年 4 月 13 日、同 7 月 13 日、同 12 月 1 日の都合 3 回にまたがった。

柴又へ帰ると、同窓会があり参加する。ところが悪酔いして同級生(犬塚弘、前田武彦、東八郎など)とやり合い、このことでおいちゃん(下條正巳)たちとのムードも悪くなり、翌朝、結局また旅に出る。
夜明駅

着いたところが、九州の大分県日田市の夜明という駅である。寅さんはこの駅の写真右のホームを向こうから手前のほうに歩いてくる。
当時のことは知らないが、今では駅の周りはとても寂れた情景である。

筑後川鉄橋

その後、寅さんは丁度大分県と福岡県の県境の筑後川に架かる鉄橋を背景に、その手前にあるこの沈下橋を左から右へと歩いて渡る。
このあたりは、今も映画の風景とほとんど変わっていない。

法林寺

夜明の宿で、ハチャメチャな娘・愛子(岸本加世子)と出会う。翌朝、田主丸(現在は久留米市)に移り、寅さんは愛子に帰れ!と諭す場面が、この法林寺の入り口の門柱の場所。
映画では、この前が電気屋さんになっていたが、今では空き店舗になっていた。

月読神社

その後、二人はこの月読神社の鳥居の前を歩いて向こう(田主丸駅のほう)に進む。神社といっても社は大きいものではなく、小さな神社であった。

久留米水天宮

場面が変わって、ここは久留米水天宮(写真の右の上)。この河川敷のこのアングルで風船が1つ飛んでいくシーンがある。
久留米水天宮2

この水天宮の縁日で、寅さんと愛子(サクラ役)が通路のこちら側で店を出しバッグの商売をする。すると通路の向こう側でたこやきを売っていた女性が近寄ってきた。
話を聞いてみると、テキヤの仲間常三郎(小沢昭一)の妻光枝(音無美紀子)であった。そして常三郎が病気であることを知らされる。
今では周辺の木々が大きくなり、この地点から筑後川の見通しもあまり良くなかった。

朝倉三連水車

寅さんと愛子は、この朝倉町の3連水車の前に積まれていたわらの上でぼんやり時を過ごす。
当時の映像は水車と田んぼの風景だけだったが、今では周辺が公園風にきれいに整備されていた。また、すぐ近くの道の駅には電動の3連水車が設置してあったが、それはあまりにも見世物っぽくて風情に欠けたものであった。

秋月

寅さんは、常三郎を見舞いに、甘木市の秋月にある自宅を訪ねた。丁度常三郎は退院して自宅で療養しており、再会することができた。常三郎役の小沢昭一は、東京の出身らしいが彼の博多弁はとても上手く、凄い役者だなあとつくづく思う。
その後、光枝が寅さんを見送るシーンでこの秋月城跡の前を通る。今は中学校になっており、当時は丁度写真の左上のほうに校舎があり、子供達が掃除をする場面であった。
取材をしたのが4月 13 日だったので、まだ桜の花が咲いていた。人通りも少なくとてもいい風景であった。

秋月2

続いて、この秋月郷土館の前を左から右へと通っていく。そしてその横を子供達(中学生と先生)が駆け足で通り抜ける。ついさっきは掃除の時間だったはずなのに・・・。

秋月3

そして、この川の土手を向こうからこちらに二人で歩いてくる。
この土塀の漆喰が当時はところどころハゲ落ちていたが、今はこのようにきれいに塗られていた。
裏話であるが、この場所を探して秋月の町を随分あちこちと回ったが、なかなか見つけることができず、諦めかけていたら運よく(ほぼ動物的勘で)見つかってホッとした場所であった。
秋月4

最後の別れの場面が、この橋の袂である。光枝は別れを告げて一度は帰ろうとするが、また引き返し、寅さんに常三郎がもう長くないことを告げる。そして「寅さんは亭主に会いに来てくれた最期の友達よ・・・」と言って泣きながら向こうに帰っていく。音無美紀子のあの控えめなキャラが上手くマッチしていて感動的なシーンである。
この左の家は、きれいに建て直されており、今では当時の風情とかなり違う。たまたま家人に会うことができ、撮影当時のことを教えてくれた。そして、ここには 30 年以上経った今でも私のような旅人が寅さんを訪ねて時々訪れるという。